井仁の棚田は、広島県山県郡安芸太田町中筒賀井仁に位置する美しい棚田です。その名前の「井」は「丸い」を、「仁」は「集落」を意味すると伝えられています。ここは日本の棚田の中でも特に美しい景観を誇り、「日本の棚田百選」にも選ばれています。さらに、2000年には「広島県環境づくり大賞」を受賞し、2015年にはCNNの「Japan's 31 most beautiful places(日本の美しい風景31選)」にも選定されています。
井仁の棚田は、太田川上流域に位置し、その歴史は戦国時代以前の資料がほとんどないため、形成の詳細は不明な点が多くあります。しかし、『芸藩通志』に断片的に記されている情報によると、平安時代末期に山県郡の筒賀は殿賀・戸河内・安野・加計・都谷とともに「大田郷(大田荘)」と呼ばれ、厳島神社の荘園であったとされています。当時、地頭として栗栖氏が支配しており、この地での開墾が始まったのは平安時代末期から鎌倉時代にかけてと推定されています。そして、井仁に集落が形成されたのは室町時代前期と考えられています。
棚田の石積みの歴史は、一般的に戦国時代以降の築城の歴史と重なります。このため、井仁の棚田の石積みも戦国時代ごろに形成されたものと推定されています。特に、戦国時代末期から安土桃山時代にかけてこの地を支配した吉川氏が、文禄・慶長の役において築城人足として支配下の住民を多く動員しました。そのため、そこで習得した石積み技術を持ち帰った人々によって棚田が形成されたと考えられています。現在、井仁の棚田は約500年前に作られたとされています。
また、1638年(寛永15年)時点の広島藩の検地帳『地詰帳』によれば、井仁の耕地は現在のものとほぼ同じ大きさであり、この時期には現在の棚田の姿が完成していたことが分かります。
近代以降、井仁の棚田はさまざまな変遷を経てきました。1889年(明治22年)には筒賀村として村制が施行され、1901年(明治37年)には井仁の戸数は64戸を数えました。しかし、1921年(大正10年)には大火が発生し、12戸が焼失しました。1940年(昭和15年)には延長約5kmの用水路が完成し、これにより農業用水の安定供給が可能となりました。
1970年(昭和45年)には井仁の戸数は38戸、人口は139人となりましたが、過疎化が進み、1990年代には棚田の存続が危ぶまれる状況となりました。1998年(平成10年)に筒賀村は棚田の保全と地域活性化を提案し、1999年には第1回棚田祭り(現在の井仁棚田体験会)を開催し、日本の棚田百選にも選定されました。その後、全周約4kmのイノシシ防護柵が完成し、2000年には広島県環境づくり大賞を受賞しました。
1997年、筒賀村は「桃源の里井仁」をキャッチフレーズに、住民と自治体が協力して棚田の保全活動を展開しました。特に広島都市圏へアピールし、「都市農村交流」を展開したことが特徴です。広島市中心部から車で1時間弱という立地を活かし、広島都市圏の住民との交流を図り、昔ながらの伝統農法の体験・学習の場として棚田を開放しました。この活動はメディアにも取り上げられ、棚田祭り(現在の井仁棚田体験会)では2015年現在で100人前後が参加するなど、成功を収めました。
2015年には、CNNの「Japan's 31 most beautiful places」にも選定され、広島県内では厳島神社と並んでその美しさが世界的に評価されました。現在、井仁の棚田は観光地としても注目されており、多くの見学者が訪れています。見学用の展望台やトイレ、駐車場も整備されており、訪れる人々に快適な環境が提供されています。
井仁の棚田は、太田川水系の田ノ尻川上流に位置し、標高500mから550mの範囲に広がっています。その周囲は標高400mから1,110mの急峻な山々に囲まれたすり鉢状の盆地であり、棚田特有の美しい風景を形成しています。
棚田は、農地面積12.7haのうち、7.9haが棚田として使用されており、324枚の田が広がっています。すり鉢状の地形のため、高いところへ水を運ぶための「添水」と呼ばれる水車が設置されており、農業用水の供給が工夫されています。石垣は花崗岩を用いてほぼ垂直に積まれており、最大のもので高さ4m近くになります。石垣には「渡り石」と呼ばれる足場や「横穴」あるいは「蛇口」と呼ばれる通水用の穴が設けられており、中世初期の石積工法が見られます。
井仁の棚田では、毎年以下のイベントが開催されています。これらのイベントは、訪れる人々が棚田の美しさや伝統的な農法を体験できる貴重な機会となっています。
毎年6月には、棚田田植え体験が開催され、多くの参加者が田植えを通じて棚田の文化や伝統に触れることができます。
毎年10月には、棚田稲刈り体験が行われ、参加者は収穫の喜びを味わいながら、昔ながらの農法を体験できます。
戸河内ICあるいは加計SICから車で約10分で到着します。ただし、途中の「井仁トンネル」には高さ制限が3mあるため、大型車での通行には注意が必要です。駐車場も完備されています。
広電バス三段峡線を利用し、「戸河内ICバスセンター」で下車します。そこからタクシーで約10分で井仁の棚田に到着します。公共交通機関を利用する場合も、比較的アクセスが良好です。