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広島市郷土資料館

(ひろしまし きょうど しりょうかん)

広島市郷土資料館は、広島県広島市南区宇品に位置する歴史系博物館であり、登録博物館のひとつです。この博物館は、広島市域に暮らす人々の歴史に焦点を当て、その生活や文化に関わる様々な展示を行っています。常設展示と企画展示があり、また教室事業も活発に行われているため、地域の歴史を学びたい方には最適な場所です。

図書室

館内には図書室も併設されており、規模は大きくありませんが、民族、風俗、文化遺産、調査書など、地域に関連する文献が充実しています。資料を通じて、広島の歴史や文化をより深く理解することができるでしょう。

広島市郷土資料館の歴史

この博物館は、1985年(昭和60年)5月に開館しました。その建物自体が、明治時代に建てられた旧陸軍の施設であり、1945年の広島への原子爆弾投下にも耐えた被爆建物です。このような歴史的背景から、現在では資料館として再整備され、広島の貴重な歴史を伝える役割を果たしています。

展示内容について

常設展示

常設展示は大きく二つのテーマに分かれています。ひとつは、江戸時代以降に広島市域で発展した地場産業について、もうひとつは江戸時代から明治以降の広島特に宇品地区の歴史と、この建物自体の来歴についてです。

地場産業

地場産業に関しては、米づくり、カキ・海苔養殖、アサ、髢、和傘、下駄づくり、山繭織りなどが紹介されています。これらの産業は、広島市域の歴史と深く結びついており、地域の経済や文化を形作ってきた重要な要素です。

近代史

近代史においては、舟運、八木用水、宇品築港、そして宇品陸軍糧秣支廠についての展示があります。これらの展示は、広島がどのようにして発展してきたかを理解するための貴重な資料を提供しています。

宇品港と千田貞暁

宇品地区は、現在では広島の海の玄関口として多くの人々で賑わっていますが、明治初期までは大型船が接岸できないほどの広大な遠浅の海でした。この干潟は、当時の人々の生活の場でもあり、カキやノリの養殖、アサリの採取が盛んに行われていました。

明治13年(1880年)、広島県令(県知事)となった千田貞暁は、広島のさらなる発展には大型船が入港できる港が必要であると考え、宇品島までを地続きにする港を建設する計画を立てました。明治17年(1884年)に築港工事が始まりましたが、工事は干潟を生活の場とする人々の反対や数々の困難に直面しました。しかし、明治22年(1889年)、約5年の工期と大幅な費用をかけてようやく宇品港が完成しました。

完成当初、宇品港はあまり利用されませんでしたが、明治27年(1894年)の日清戦争以降、軍用港としての重要な役割を担うこととなり、次第にその価値が再評価されました。大正4年(1915年)には、千田貞暁を讃えて宇品に銅像が建てられました。宇品港は昭和7年(1932年)に広島港と改名されました。

郷土資料館への歴史的経緯

明治27年(1894年)の日清戦争以降、広島には多くの陸軍施設が建設されました。明治30年(1897年)には、陸軍の糧秣の調達と補給を行う専門機関として宇品陸軍糧秣支廠が設置され、後に缶詰工場が加えられました。現在の郷土資料館の建物は、この缶詰工場として使用されていたものであり、特に大正12年(1923年)の関東大震災以降、牛肉缶詰の製造拠点として重要な役割を果たしました。

1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下されましたが、資料館の建物は爆心地から約3.2㎞離れていたため、火災は免れました。戦後、この建物は一時的に民間の食品会社に使用されましたが、1970年代に使用されなくなり、1985年に広島市郷土資料館として復元されました。この建物は現在、広島市の重要有形文化財に指定されています。

カキ養殖

カキ養殖は、広島湾で古くから盛んに行われてきました。その起源は明確ではありませんが、室町時代の終わり頃に安芸国で養殖法が発明されたとされています。江戸時代から昭和初期まで続いた竹ヒビによる養殖法は、昭和28年(1953年)に筏式垂下法が導入されることで急速に発展し、現在の広島県は日本全体のカキ生産量の半分以上を占めています。

広島湾がカキ養殖に適している背景には、太田川から流れ込む栄養分豊かな水と広大な干潟という絶好の自然条件が挙げられます。展示では、約2000万年前のカキ貝の化石、カキ養殖史、養殖法やカキ船による販売の様子などが紹介されています。

ノリ養殖

広島湾の干潟は、波が静かで有機質を含む川の水と海水が混じり合うため、ノリの生育に最適な条件を備えていました。江戸時代初期から始まったノリ養殖は、特に漉きノリの製造が西国で初めて広島で行われるようになったことで大きく発展しました。

明治以降、広島湾沿岸の干拓工事によりノリ養殖場が減少しましたが、技術の向上によって生産量を増やすことができました。しかし、昭和40年代以降の環境変化により衰退が続き、現在ではノリ養殖は広島県東部の福山・尾道方面に移り、新しい技法で行われています。展示では、ノリ養殖法や漉きノリづくりなどが紹介されています。

缶詰生産の歴史

かつて広島は全国屈指の缶詰生産県でした。牛肉缶詰や果実缶詰の製造が盛んに行われ、特にみかん缶詰はアルカリ剥皮法の導入により大量生産が可能となり、海外にも販路が開かれました。戦後もいくつかの業者が事業を再開しましたが、昭和50年代以降は生産が減少し、現在ではほとんど生産されていません。

米づくり

米は古くから日本人にとって最も重要な主食であり、広島市域でも農村部での稲作が広く行われていました。展示では、田植えから収穫までの米づくりの様子や、稲の品種改良に関する資料が紹介されています。

アサ(麻)生産

アサは、かつて広島市域で盛んに栽培されていた作物であり、主に繊維として利用されました。特に広島は良質なアサを生産する地域として知られ、その製品は全国に流通しました。展示では、アサの栽培方法や製品化の過程について紹介されています。

下駄づくり

下駄は、日本の伝統的な履物のひとつであり、広島市域でも製造が行われていました。展示では、下駄の製造工程や使用された道具などが紹介されています。

和傘の製造

和傘は、竹と和紙を使用して作られる日本の伝統的な傘であり、広島市域でも生産が行われていました。展示では、和傘の製造工程や使用された材料について紹介されています。

教育・普及活動

広島市郷土資料館では、地域の歴史や文化を学ぶための教育プログラムが充実しています。特に、小・中学校を対象とした体験学習や講座が定期的に開催されており、地域の歴史や文化を学ぶ貴重な機会を提供しています。

Information

名称
広島市郷土資料館
(ひろしまし きょうど しりょうかん)

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