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広島県立美術館

(Hiroshima Prefectural Art Museum)

広島県立美術館は、広島県広島市中区にある美術館で、中国地方初の公立美術館として1968年9月22日に開館しました。現在の美術館は、旧広島県立図書館の跡地に拡張され、1996年10月6日に新築再開館されました。

概要

広島県立美術館は、延床面積19,926平方メートル、地上4階・地下1階の建物です。館内には、図書室、ミュージアムショップ、レストラン、ティールーム、駐車場などが整備されており、訪問者はアート鑑賞とともに、リラックスできる空間を楽しむことができます。

美術館は、隣接する縮景園との景観の一体化が図られており、両施設を一緒に楽しめるように工夫されています。また、両施設の入場券を購入すると割引が適用される制度もあります。

収蔵作品

広島県立美術館には、広島にゆかりのある画家の作品やアジアの工芸品、1920~1930年代の世界の美術作品など、約5,000点の作品が収蔵されています。代表的な収蔵作品として、以下のものがあります:

さらに、広島県にゆかりのある作家の作品も収蔵されており、例えば、圓鍔勝三の「帽子をかぶる自画像」、靉光の「途上」、児玉希望の「新水墨十二題」、平山郁夫の「広島生変図」、奥田元宋の「待月」などがあります。

沿革

大正時代の観古館

広島県立美術館の歴史は、1913年(大正2年)に遡ります。この年、広島の泉邸に浅野家が所蔵する古美術品を一般公開する私立美術館「観古館」が開館しました。これは、日本国内初の私立美術館として名高いものでした。

観古館は、和漢古書や刀剣、茶器類を展示しており、大正期には月平均3,500人が来館した記録が残っています。1939年には、浅野家からこの観古館が広島県に寄贈されましたが、1945年の原子爆弾投下により、建物と展示品は壊滅的な被害を受けました。

ただし、2017年になって浅野家から饒津神社に寄贈されていた能面や能装束など約120点が焼失を免れて現存していることが判明しました。これらの貴重な遺品は、観古館の歴史を物語る重要な遺産となっています。

県立美術館の誕生

広島県立美術館の設立の契機は、1956年(昭和31年)に広島市の小学校で始まった「1円募金運動」です。この運動により美術館建設への関心が高まり、1968年9月、中国地方初の公立美術館として開館しました。当時の設立には、広島ゆかりの画家児玉希望がアドバイザーとして参加していました。

1980年代に入ると、美術館の改新構想が浮上し、広島県立図書館の移転が決まったことから、美術館の建て替えが計画されました。1995年に新館が竣工し、1996年10月に再開館しました。設計は日建設計が担当し、施工は大成建設が行いました。

平成時代の発展

平成時代に入っても、広島県立美術館はさらなる発展を遂げました。縮景園との景観的な一体化を図り、施設の整備を進めながら、地域文化の中心としての役割を果たし続けています。館内の設備も充実しており、訪問者が快適に美術作品を楽しめるような環境が整えられています。

まとめ

広島県立美術館は、広島市の文化的な象徴であり、広島にゆかりのある作品や世界の美術作品を通じて、多くの訪問者に芸術の魅力を伝えています。また、大正時代からの美術館の歴史を引き継ぎながら、新しい時代にも対応した施設として成長を続けています。縮景園とともに、美術と自然の融合を楽しめる場所として、多くの人々に愛されています。

Information

名称
広島県立美術館
(Hiroshima Prefectural Art Museum)

宮島・広島市

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